株式会社悠飛社

〒165-0034 東京都中野区大和町1-67-6
TEL 03-5327-6051(編集代表)03-5327-6052(営業代表)
FAX 03-5327-6053

設立 昭和63年2月22日
代表取締役 宇治芳雄





代表取締役経歴
昭和21年大阪生。明治大学法学部卒業。産経新聞記者、ノンフィクション作家ののち小社設立。著書に『電通解剖』を始め、『洗脳の時代』『禁断の教育』『汝はサロマ湖にて戦死せり』など多数。また矢張雄太郎のペンネームで児童推理小説5冊。
日本ペンクラブ会員。
他に「排水詰り防止構造」で、平成15年2月21日に特許取得。
(特許第3400725号)




主要個人株主(肩書は当時)
平田  明  ミリオン出版株式会社代表取締役
鈴木俊男  株式会社講談社サイエンティフィック代表取締役
森岩  弘  株式会社講談社編集総務局長
寺島昭彦  キングレコード株式会社代表取締役
奥山郁郎  朝日新聞事業開発本部長
松永英樹  株式会社電通広報室室次長
中澤貞雄  株式会社シナノ代表取締役
栃木義宏  弁護士
太田隆次  国際人事研究所長
豊田武久  豊田特許事務所長
井ノ口泰夫 プラスマック代表
取引銀行
りそな銀行田町支店 東京三菱銀行駒沢大学駅前支店
主な取引先
トーハン 日本出版販売 栗田出版販売 太洋社 大阪屋 中央社 東都春陽堂
協力企業
電通 朝日新聞 毎日新聞 産経新聞 NHK フジテレビ ニッポン放送 講談社




教育部門YSS
平成4年より、優秀なライター発掘および小社の著者育成を目的とし、
教育部門として文章通信添削講座『Yuhisha Sentence Seminar』を開講。




<『トーハン週報』98年4/10号、「祝10周年」記事より引用>

小社代表挨拶
「日本で一番小さな出版社でいい。しかし日本で一番強い出版社でありたい」---。
 これが悠飛社を創設した時の理念でした。当然ながら前半部は容易に達成できましたが、後半部の『強さ』は活字メディアとしての誇りと結果的に「強くならざるを得ない」出来事との連続によって、徐々に達成しつつあるのでは……と思う10周年目です。
 取次各社、全国書店、さらに出版物の約六割が図書館協会選定図書になる著者諸氏と読者の各皆様に感謝しつつ、時代を先取りしたさらなる挑戦を続けたい、と存じます。


悠飛社の歩み
 1988年2月22日、当時港区三田地区では唯一の総合出版社として産声をあげました。むろんまだ、あの壮麗なNEC本社ビルも建設されておらず、田町駅前の一角にはバラック同然のトタン屋根の飲み屋街があり、京浜東北線はいつでも空き座席があったことを思えば、やはり時代は変わった、と痛感させられます。…とこの調子で綴ればスペースがいくらあっても不足するので小社の社史(事件簿?)をいくつか抜粋しましょう。

 △月△日
 朝日新聞の山本博記者の敏腕ぶり(新聞協会賞2回受賞)は小社代表と同じ水戸支局時代からすでに『ふすま事件』という伝説を残すくらいに鳴り響いており、「リクルート事件発掘」調査報道の大仕事を成し遂げていたので、原稿依頼。
 (ふすま事件というのは県知事や議会のボス数人が料亭の一部屋でひそかに密談を開いていた際、何気なくふすまを開くと、誰もいないはずの隣室で山本氏が聞き耳を立てていた…というエピソードである)
 彼はすでに「公費天国」「談合事件」などの調査報道で活躍しており、本の5章の「役人の公金横領」は最近問題になった『大蔵省の腐敗』の原点であった。(書店の皆様、どうぞこのロングセラー『追及』を可愛がってください)



 △月△日
 早稲田大学の大槻義彦教授が週刊誌で野末珍平氏と対談しており「近頃、学生が非科学的な迷信に動揺して困る」と語っているのを読み、それをテーマに原稿依頼。
 話すうち「宜保愛子をやりたいのだがどこの出版社も乗ってくれない」というので「それならうちがやりましょう。ただしこの本は活字とテレビのメディア戦争になりますよ」と念を押す。『宜保愛子の謎』は発売と同時に電話注文が10分おきになるほどの反響。が、予想どおり、UFO信者やテレビのオカルト番組制作プロダクションの関係者が騒ぎ出す一方、新聞各紙は「宜保愛子はインチキか」という記事を記載、小社も『噂の真相』などで反論する一方、新聞広告で「インチキ番組を見てから読むか、読んでから見るか」と反撃。読者からは「宜保愛子はインチキだが私は本物です」というビデオ。最も多かったのは「やはり霊がないことを知って安心しました」という寺院関係者の投書であった。

 この科学路線が『世界はこうしてだまされた1・2』(高倉克祐著)や現在も話題を呼んでいる『神々のトリック』などに続く。(オウム事件でテレビ局はやっと霊能者番組の愚かさを知り、最近は自粛している…といえば言い過ぎだろうか)







 △月△日
 編集部内で「最近、子供を可愛がらない母親がいるようだ」という話がでて『私も虐待ママだった』(園田美幸著)として結実。
 その後、御存知のごとく残虐な幼児虐待事件が続発……。




---と社史の一端を披露致しましたが、いずれもっと詳しくご報告する機会があることを信じつつ、一層のご支援を心よりお願いする次第です。